大気圏環境変動研究室では、北海道陸別町、昭和基地(南極)、アタカマ高地(チリ)、リオ・ガジェゴス(アルゼンチン)、トロムソ(ノルウェー)にミリ波分光観測装置を設置し、成層圏・中間圏のオゾンや窒素酸化物、オゾン層破壊物質等の大気微量分子の定常観測を行っています。また、北海道陸別観測所および母子里観測所では、高分解能フーリエ変換型赤外分光器を用いて、温室効果ガスや大気汚染物質など対流圏・成層圏の大気微量分子の観測を行っています。さらに次世代のミリ波・サブミリ波分光観測装置の開発や基礎技術の研究も推進しています。
私たちの地球の大気の大部分(約99%)は窒素分子と酸素分子からなりますが、それ以外の成分(大気微量分子といいます)も地球環境の成り立ちに大きく関連しています。例えば地球温暖化では、わずか0.04%程度しか存在しない二酸化炭素などの温室効果ガスの増加が地球環境に大きな影響を及ぼしています。
私たちは、世界4か所に展開したミリ波帯電波分光観測装置による地上リモートセンシングにより、成層圏から中間圏(高度10〜80 km)の大気に含まれる様々な微量分子の変動を観測して、地球大気組成に対する人間活動の影響だけでなく、太陽活動の変化など自然環境の変動の影響などについても明らかにすることを目指しています。例えば、太陽から飛来する太陽陽子やオーロラ活動に伴う高エネルギー粒子が地球大気中に振り込むことによって、大気の組成は大きく変化します。その様子を詳細に観測して変動メカニズムを解明するために、私たちは南極の昭和基地および北極のノルウェー・トロムソにミリ波分光観測装置を設置して、中間圏のオゾンや窒素酸化物の高度分布を連続的に観測しています。
図 リオ・ガジェゴスのミリ波分光計観測から導出したオゾンの鉛直分布の平均値からの偏差分の時系列変化。矢印は、オゾンホールがリオガジェゴスに到来した時期を表す。右は南極を中心に描いたそれぞれの日のオゾン全量の分布図(OMI衛星の観測データ)。
二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスは赤外領域に吸収を持ち、地球からの赤外放射を吸収して地球温暖化を引き起こします。地球温暖化の将来予測とその対策を進める上で、現在の大気中の温室効果ガスの分布とその放出・吸収量を評価することは必要不可欠です。私たちは、北海道・母子里観測所において高分解能フーリエ変換型赤外分光器(FTIR)を使った温室効果ガスのモニタリング観測を行っています。観測データは温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」のデータ検証等にも利用されています。
さらに現在、小型可搬型の光スペクトラムアナライザ(OSA)による大気中の二酸化炭素およびメタンの平均混合比の観測と計測・解析手法の高精度化の研究に取り組んでいます。OSAの小型可搬性を生かして生活圏から離れた場所や狭い都市域などに観測を展開していく予定です。
図 母子里観測所に設置された高分解能FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)
太陽系内の惑星にも大気があります。私たちは、これら惑星大気の成り立ちや地球大気との相違、大気の運動(輸送)や組成の理解を通じて、太陽地球系の理解を深めることを目指しています。これまでに大阪府立大学・前澤准教授のグループと共同して、国立天文台野辺山宇宙電波観測所(NRO)の電波干渉計の一部(NMA-F号機)を改造して、惑星大気の定常観測を行っています。また、NRO45 m電波望遠鏡やアタカマ高地のASTE望遠鏡などを使って、木星や海王星などの惑星大気の微量分子組成変動の研究を行っています。
図 国立天文台野辺山宇宙電波観測所の干渉計。いちばん左のアンテナが惑星観測に使用しているF号機
地球大気中の微量分子の放射する電波(主にミリ波・サブミリ波)を高い感度で検出するために、私たちは超伝導物質を用いた薄膜デバイスの設計および製作を行っています。国立天文台・先端技術センターと共同開発研究を行い、世界最高性能のミリ波・サブミリ波帯受信機の開発を目指しています。基本的な電子回路設計のほか、電磁界解析シミュレーションや量子論的シミュレーションによって受信機を設計し、クリーンルーム内での薄膜デバイス製造や数ミクロンという高い精度での金属工作を行っています。学部生・院生も自分たちの手を使って、積極的に開発プロジェクト(ものづくり)に参加しています。
図 国立天文台先端技術センターにあるクリーンルームで行う超伝導デバイス開発の様子